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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2839号 判決

原告 松崎文雄

右訴訟代理人弁護士 平谷順三

被告 今井康平

右訴訟代理人弁護士 熊埜御堂健児

沢荘一

被告 山口一郎

右訴訟代理人弁護士 河和金作

河和松雄

松代隆

平野智嘉義

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告山口は原告に対し東京都杉並区大宮前四丁目五一八番四宅地六〇坪および五一九番五宅地二五坪四合三勺にわたる土地五六坪六合一勺(以下「本件土地」という。)を、その上にある建物(家屋番号同町一一一番三木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一五坪以下「本件建物」という。)を収去して、明け渡し、かつ、昭和三七年一一月一九日以降右明渡済に至るまで一箇月金八四九円の割合による金銭を支払え。被告今井は原告に対し本件建物から退去し、昭和三七年一月一日以降同年一一月一八日までの一箇月金八四九円の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めると申し立て、その請求の原因として「(一)原告の先代松崎六左衛門は本件土地を所有していたところ、昭和二五年四月一五日に被告今井に対し本件土地を賃貸した。同被告は本件土地上に本件建物を所有していたが、昭和三五年三月七日に被告山口に対し本件建物の所有権を移転し、本件建物につき同日付売買を原因とする右所有権移転の登記を経由した。(二)右所有権移転にともない、本件土地について、被告今井が被告山口に対しその賃借権を譲渡しまたは転貸したとみるべきところ、これにつき右六左衛門の承諾を得ず、同被告ら間無断で賃借権の譲渡または転貸借が行なわれた。(三)原告は、右六左衛門が昭和三六年一二月二日死亡し、原告において単独相続をしたことにより、本件土地につき右賃貸人の地位を承継した。(四)原告は被告今井に対し昭和三七年一一月一七日に内容証明郵便による書面をもつて右の無断譲渡ないし転貸の事由により本件土地についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一八日同被告に到達した。(五)よつて原告と被告今井との間における右賃貸借は右解除の意思表示により昭和三七年一一月一八日をもつて終了した。(六)そこで、原告は、被告山口に対し、本件土地の所有権にもとづいて本件建物の収去および本件土地の明渡ならびに本件建物の右所有権取得による本件土地の占有の後である昭和三七年一一月一九日以降右明渡済に至るまで賃料相当額一箇月金八四九円(当時の約定賃料に相当する。)の割合による損害金の支払を求め、被告今井に対し、右賃貸借終了による原状回復請求権にもとづく本件建物からの退去ならびに延滞にかかる昭和三七年一月一日以降同年一一月一八日までの一箇月金八四九円の割合による約定賃料の支払を求める」と述べ、被告らの主張に対し「被告今井の主張事実中同被告が昭和三九年二月二五日に昭和三七年一一月一日以降同年一一月一八日までの約定賃料相当額を含む金員を弁済供託したことは認める。その余の同被告の主張事実ならびに被告山口の主張事実はすべて争う。」と述べた。≪証拠省略≫

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、「原告主張事実中(一)、(三)、(四)の事実ならびに本件土地についての約定賃料が昭和三七年一月当時一箇月金八四九円であることは認めるが、その余の主張事実は争う。被告今井は、訴外横内慶八郎のいわゆる個人会社である訴外中央鉄骨株式会社の訴外興生商事株式会社に対する準消費貸借上の債務金五〇万円につき興生商事株式会社に対し連帯保証債務を負つていたところ、昭和三五年三月五日に被告両名、横内および興生商事株式会社の四者間において、右債務はこれに損害金、登記費用等をあわせて金五五万二〇〇〇円とすること、右債務の履行を担保するために、被告今井はその所有に係る本件建物の所有権を、興生商事株式会社のために、被告山口に移転すること、右債務の履行が完了すれば直ちに本件建物の所有権は被告今井に復帰すべきこと、被告山口は、興生商事株式会社がその資金借入のために必要とするときは、本件建物につき担保権を設定すべきことなどの条項につき合意が成立したので、同年三月七日に右合意に基づいて本件建物につき前記所有権移転登記を経由した。そのご同年七月一二日頃あらたに成立した被告今井の興生商事株式会社に対する消費貸借上の債務金三〇万円についても、前記所有権移転による担保の債権額に含めることにした。かように本件建物の前記所有権移転は、あくまで譲渡担保のためになされたものにすぎず、もとより被告今井において引き続き本件建物をその住居の用に供し、固定資産税、その敷地たる本件土地の賃料等を負担していることに何ら変りはないのであるから、本件土地について被告両名間賃借権の譲渡または転貸はないというべきである。かりに賃借権の譲渡ないし転貸が右譲渡担保の設定にともなつて行なわれたものとみるとしても、これをもつて本件土地の賃貸借において賃借人たる被告今井の賃貸人である原告に対する背信行為と目すべきではない。したがつて、原告の被告今井に対する前示賃貸借契約解除の意思表示は、その意思表示の到達にもかかわらず、その効果を生じないものというべきである。なお被告今井は、原告において昭和三七年一月一日以降の約定賃料の受領を肯んじないので、昭和三九年二月二五日に昭和三七年一月一日以降同年一一月一八日までの約定賃料相当額を含む金員を弁済のために供託した。よつて原告の本訴請求は失当である」と述べた。≪証拠省略≫

理由

原告の先代松崎六左衛門が本件土地を所有していたところ、昭和二五年四月一五日に被告今井に対して本件土地を賃貸したこと、同被告が本件土地上に本件建物を所有していたが、昭和三五年三月七日に被告山口に対して本件建物の所有権を移転し、本件建物につき同日付売買を原因とする右所有権移転の登記が経由されたことは、いずれも当事者間に争のないところである。

そこで、本件建物の右所有権移転に伴い、その敷地である本件土地につき原告主張の賃借権の譲渡ないし転貸があつたかどうかを考える。≪証拠省略≫をあわせると、訴外横内慶八郎のいわゆる個人会社である訴外中央鉄骨株式会社は昭和三四年五月頃に被告今井の紹介ならびにその保証のもとに被告山口がその代表取締役である訴外興生商事株式会社から金五〇万円を三箇月後弁済期の約で借り入れたが、その弁済期を徒過したので、同年一二月三日公正証書をもつて、右貸借関係を明らかにして弁済期を同年一二月一四日にあらためるとともに被告今井においてその連帯保証債務を担保するために本件建物につき抵当権を設定すべきことを約した。しかし、右弁済期をも徒過したので昭和三五年三月五日頃被告両名のほかに中央鉄骨株式会社を代理して横内慶八郎、興生商事株式会社を代理して牧田健士が相会し、右四者間において、中央鉄骨株式会社および被告今井の興生商事株式会社に対する右債務金五〇万円にその利息損害金、登記費用、公正証書作成手数料等を加えた金五五万二〇〇〇円をもつて消費貸借の目的物とすること、右債務金五五万二〇〇〇円は同年一〇月三一日までに割賦弁済にて完済すること、右債務の履行を担保するために、被告今井はその所有家屋である本件建物について、債権者である興生商事株式会社のために、被告山口に対しその所有権を移転すること、本件建物の所有権は右債務が完済すれば直ちに被告今井に復帰すべきものとすること、被告山口は、右債権者たる興生商事株式会社のために、本件建物の所有権を保有し、その担保物件としてこれを管理し、かつ、興生商事株式会社において資金借入にさいし担保を必要とするときは、その資金貸出債権者のために本件建物につき担保権を設定すべきことなどの条項について合意をとげた。そして、右合意に基づき同年三月七日に本件建物につき前記所有権移転登記が経由されるにいたつた。しかし右所有権の移転があつたにもかかわらず、いぜんとして被告今井が本件建物をひきつづきその住居の用に供し、本件建物に対する固定資産税等の賦課ならびにその敷地たる本件土地の賃料を負担していることに変りはなく、また、右弁済期たる同年一〇月三一日を経過すること三年余にしてなお弁済にいたらない事情にありながら、右債権者たる興生商事株式会社が本件建物につきあえて担保権の実行的措置をとらず、ひたすらその弁済を期して今日にいたつている。かように認めることができ、右認定をうごかすに足る証拠はさらにない。そうすると、被告山口は、本件建物を自己の固有財産として領有するものでなく、あくまで興生商事株式会社のために、同会社の被告今井に対する債権の担保として本件建物の所有権を保有するにすぎないから、右は、その機能において譲渡担保の作用を果させることを目的とした被告今井、被告山口および訴外興生商事株式会社間の信託関係にほかならないというべきである。したがつて、本件建物の敷地である本件土地については、一般に譲渡担保の場合においてそうであるように、本件建物の所有権の帰趨を右担保の権利実行的措置によつて確定的に決著させないかぎり、被告今井においていまだ民法六一二条にいわゆる「其権利ヲ譲渡シ又ハ賃借物ヲ転貸」したことにはならないものと解するのを相当とするから、原告の両被告に対する賃貸借契約解除の意思表示はその法律効果を生じないものといわなければならない。

被告今井の本人尋問の結果によると、被告今井が昭和三七年一二月に原告に対して昭和三七年度分の賃料を支払うべく現実に提供したところ原告においてその受領を拒んだ事実が認められ、同被告が昭和三九年二月二五日に昭和三七年一月一日以降同年一一月一八日までの賃料相当額を含む金員を弁済のために供託したことは当事者間に争がないから、原告の主張にかかる昭和三七年一月一日以降同年一一月一八日までの賃料債権は、右弁済供託により消滅したというべきである。

被告山口が本件建物を譲渡担保として信託的に所有していることは上記認定のとおりであるから、同被告は被告今井の本件土地についての賃借権にもとづいて本件土地を占有しているにすぎず、被告山口の右占有は原告においてこれを受忍すべき関係にあるものと解するのが相当である。したがつて、同被告が本件土地を不法に占有するというのはあたらない。

以上述べた理由により、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも失当であるから、棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎)

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